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広島退団・田中広輔 現役引退を表明「まだやれるという思いもあったけど…肩の荷が下りた」 - スポニチ Sponichi Annex 野球
昨季限りで広島を退団した田中広輔内野手(36)が17日、現役引退を表明した。NPBの球団で現役続行を希望していたが、入団オファーがなく決断した。16~18年のリーグ3連覇に攻守走で貢献した不動のリードオフマン。アグレッシブなプレースタイルでファンを魅了した、広島ひと筋の12年間を「悔いはないし、後悔もない」とすがすがしい表情で語った。
律義な性格がにじみ出ていた。マツダスタジアムで球団を通して設けた現役引退表明の場。昨今は自身のSNSで報告するケースが増えつつある中、田中は「プロとして、発信はメディアの皆さんを通してがいい」とスーツ姿で取材に応じた。「私、田中広輔は引退することを決めました。12年間、ありがとうございました」昨年10月に構想外となって退団。「NPB一本」で現役続行を希望し、他球団からのオファーを待ち続けたが、年末を区切りに決断した。新年に入って松田元(はじめ)オーナーに報告、新井監督にも意思を伝えた。人生の岐路。それでも表情はどこかすがすがしい。「まだやれるという思いもあったけど、その気持ちだけではできない。(オファーが)なければ、きっぱり辞めると決めていた。肩の荷が下りた」東海大相模から東海大、JR東日本を経て13年のドラフト3位で入団。16~18年は不動の1番・遊撃手として全試合に出場し、リーグ3連覇に尽力した。同学年の菊池涼介、丸佳浩(巨人)と組んだ強固な上位打線、センターラインは「タナキクマル」と呼ばれ、他球団には脅威だった。「優勝やWBC出場など、良い思いをたくさんしているけど、一番の思い出はフルイニング出場が途切れた試合。ターニングポイントというか、僕の一番の強みが崩れたので」17年に盗塁王と最高出塁率のタイトルを獲得し、さらにベストナインにも輝くと、18年にはゴールデングラブ賞を受賞。だが、19年に分岐点が訪れる。6月20日のロッテ戦で、連続フルイニング出場が歴代6位の635試合でストップ。8月に右膝手術を受けて以降は苦しいシーズンが続いた。「成績に満足感はないけど、野球に対しては絶対に手を抜かなかった。そこは誇れるところかなと。チームのために、勝つためにやってきたことに悔いはないし、後悔もない」昨季は自己最少の出場15試合にとどまったものの、ウエスタン・リーグでは出場62試合で打率・333。決して腐らず必死に汗を流し続け、若手を上回る成績を残していた。「今後は未定です。時間もできたので、ゆっくり考えながら…」攻撃、守備、走塁すべて「アグレッシブにというスタイル」を貫いた12年間。栄光のリーグ3連覇戦士がまた一人、惜しまれつつユニホームを脱いだ。 (江尾 卓也)◇田中 広輔(たなか・こうすけ)1989年(平元)7月3日生まれ、神奈川県出身の36歳。東海大相模、東海大、JR東日本を経て、13年ドラフト3位で広島入団。16~18年のリーグ3連覇では1番を務め、2番・菊池、3番・丸の「タナキクマル」でチームをけん引した。17年に盗塁王、最高出塁率、ベストナイン。18年にゴールデングラブ賞を受賞。17年WBC日本代表。1メートル71、85キロ。右投げ左打ち。