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阪神・藤川監督が号泣 石井大智の左アキレス腱損傷に「チーム全員、悲しんでいます」 - スポニチ Sponichi Annex 野球
沖縄・宜野座で春季キャンプを張る阪神は12日、石井大智投手(28)が大阪府内の病院で「左アキレス腱の損傷」と診断され、3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への出場辞退を日本野球機構(NPB)に申し入れたと発表した。全治は非公表。石井は11日の紅白戦で負傷し、この日帰阪した。シーズン開幕も絶望で長期離脱の見通し。悲報を耳にした藤川球児監督(45)は、選手生命すら危ぶまれる大ケガにショックを受け、人目をはばからず大粒の涙を流した。
誰よりも選手、スタッフを思う藤川監督だから、胸に宿る無念をこらえ切ることができなかった。午後3時。強い日差しが照りつける球場の一角で、定例の囲み取材は始まった。石井の「左アキレス腱損傷」「WBC辞退申し入れ」について球団が発表済みだったため、記者の輪は幾重にも重なる。それでも普段と変わらず、虎将は静かに言葉を紡いだ。「(時間は)かかるでしょうね。ギリギリのところでやっている。自分の力を最大限発揮して普段からプレーしていますから。ギリギリまでやっているので、普段から健康を祈ると言っているんですけど、彼の人生の中で少し止まって、さらに強くなって帰ってくるというところですね」一つ、二つと問いかけが続く。「チーム全員、悲しんでいます」「石井大智の今シーズン、リハビリからスタートしてしまうことになる」。冷静かつ丁寧な返答も、ここまでが限界だった。感情が理性を超えた。小刻みに両肩を震わせ、うつむき、右手で顔を押さえた。「すみません…」――。言葉を絞り出すのがやっとだった。拭っても拭っても涙が止まらない。約1分間、絶句した。「これ(涙)は監督として、というより、アスリートの気持ち。監督としてはチームとして進んでいく方法はあるけれど(石井は)素晴らしいアスリートですから。また復活する時をね…(待つ)」投げ終わった後に踏み出した左足一本で立つことが多い石井にとって「左アキレス腱」は肝要な箇所だ。同じ箇所を負傷して復帰した事例は多くあるが、復帰は最短でも半年近くかかる。完治を目指す以上、相当な時間を要することになり、シーズン大半を棒に振る可能性も否定できない。昨季50試合連続無失点を刻んだ「ミスター・ゼロ」の代役探しも含め、虎はリリーフ陣の再構築を迫られる。だが、苦境を乗り越えてこそ、虎は一段と強くなる。目の前の敵に加え、突如訪れる危機とも闘いながら、指揮官は連覇へ向かう。「突然(ケガは)来ますからね。だから、(選手は)素晴らしいプレーを届けられる」世界一の夢を絶たれた石井の次なる目標は“セ界一”だろう。長くつらいリハビリの先に、聖地のマウンドが待つ。困難に挑む背番号69の背中を、藤川監督は力強く押し続ける。(八木 勇磨)▽アキレス腱の負傷から復帰した選手☆山本和行(阪神=投手) 85年9月4日、試合前の練習中に左アキレス腱を断裂。翌86年4月4日、大洋との開幕戦で復帰。同年49試合で11勝3敗15セーブ。☆遠藤一彦(大洋=投手) 87年10月3日の巨人戦で走塁中に右アキレス腱を断裂。手術を経て88年開幕には間に合うも、5勝12敗。90年は抑えとして21セーブを挙げカムバック賞。☆前田智徳(広島=外野手) 95年5月23日のヤクルト戦の走塁中、右アキレス腱を断裂。右足をかばい続けた影響で00年には左アキレス腱も手術。02年にカムバック賞。07年に2000安打達成。☆伏見寅威(オリックス=捕手) 19年6月18日の巨人戦の打席で左アキレス腱断裂。翌20年6月25日ロッテ戦で復帰。43試合で先発捕手など71試合に出場。☆上林誠知(ソフトバンク=外野手) 22年5月18日の西武戦前のノックで転倒し、2日後の20日に右アキレス腱縫合手術。23年は開幕1軍もケガの影響もあり同年オフに戦力外通告。24年から中日に移籍し、昨季は規定打席到達の復活。