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【内田雅也の追球】お家芸「ユーミー」の本家 - スポニチ Sponichi Annex 野球
阪神お家芸の練習「ユーミー」が行われた。昨年はメニューになかったので監督・藤川球児では初めてとなる。
1死(または無死)一、三塁で一塁側に邪飛が上がる。一塁手、二塁手、右翼手が追う。捕球と同時にタッチアップから一、三塁走者がともにスタートを切る。1点を争う場面での走塁だ。2人(ユー、ミー)で1点を奪いにいくのが名称の由来と聞いたことがある。問題は守備側がいかに失点を防ぐか。邪飛捕球は後ろ向きなど体勢が崩れやすく、送球は乱れやすい。ポイントは投手が捕球地点と本塁を結ぶ線上に中継に入る点だ。一般には投手は本塁後方へバックアップに走る。2年前も書いたが「投手カット」が阪神独自の手法だ。1988(昭和63)年5月4日の巨人戦(東京ドーム)、1―0の9回裏1死満塁、一塁後方へ邪飛が上がった。後ろ向きで捕球した二塁手・岡田彰布―投手・中西清起―捕手・木戸克彦の中継で本塁突入の三走・栄村忠広を刺し、併殺で試合終了となった。同夜のTBS『ニュース23』で解説者・小林繁(巨人―阪神)が「阪神では毎年キャンプで投手がカットに入る練習を繰り返した。巨人ではなかった」とたたえた。『ドジャースの戦法』を基に緻密な野球で65年からV9を達成した巨人にもないやり方が、なぜ阪神にあったのか。推測だが、63年2月にフロリダで行ったデトロイト・タイガースとの合同キャンプで学んだのではないか。監督だった藤本定義の遺品に練習メニューがあり「ランダウン」「投手、外野手は走者」とある。メニューに連日「ハッスル」と書かれ、阪神が帰国後に広めた外来語となった。「ユーミー」も持ち帰ったのか。「投手カット」は今では多くのチームで採用されている。現役時代、阪神からヤクルトでもプレーした総合コーチ・藤本敦士は「ヤクルトでもやっていました」と話す。この日は才木浩人、伊藤将司ら5投手が各2本、中継に入った。走者突入・自重に応じ、野手との連係を深めた。「準備しておけば、いざ起きた時、対応できる」と中野拓夢が話した。数年に1度、あるかないかのプレーだが、練習していたかどうかの差は大きい。「投手の絡んだ連係は大事。ムダな1点を与えるか防ぐかはチームとして大きい」。本家としての自負も少なからず見えた。 =敬称略= (編集委員)