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【メジャーリーガーたちのセンバツ】駒大苫小牧・田中将大 背番10デビューから1年…V大本命も悪夢の春 - スポニチ Sponichi Annex 野球
いよいよ19日に甲子園で第98回選抜高等学校野球大会が開幕する。1964年、サンフランシスコ・ジャイアンツで村上雅則投手がMLBデビューしてから62年。多くの日本人選手が海を渡り活躍しているが、その村上投手をはじめドジャース・大谷翔平選手(31)ら多くのメジャーリーガーたちは早春の甲子園を経験。世界の舞台へ羽ばたいていった。「メジャーリーガーたちのセンバツ」と題して、センバツの舞台から大リーグに挑んだ選手たちを振り返る。(構成 浅古正則)※MLB所属球団はメジャー選手登録されたチームのみ記載。
■田中将大(駒大苫小牧=北海道)現巨人、MLBヤンキース04年夏、初めて北海道に深紅の大旗を持ち帰った駒大苫小牧は翌05年、夏春連覇を目指して甲子園に乗り込んだ。開幕戦となった戸畑戦(福岡)に登板したのが田中将大だった。後にプロ野球で活躍する投手の多くが新2年生時のセンバツで逸材としてプロに注目されてきた。だがこの大会の田中は目立った存在ではなかった。前年夏の優勝時にベンチ入りはしていない。新チームとなった秋の北海道大会では準決勝、決勝に捕手として出場した。11月の明治神宮大会も背番号「2」で出場。11月14日の準々決勝・羽黒(山形)戦、田中は全国大会で初めて登板する。だが結果は6回を投げて被安打10、4失点で負け投手となっている。冬を越して挑むセンバツ。田中は背番号「10」。投手として聖地のマウンドに立った。初回、戸畑の先頭打者に右前打を許すが後続を抑えた。MAX143キロ。打線が戸畑の投手陣を打ちあぐねても点を与えない。1点差の7回無死二塁では投前バントを素早く処理して三塁で刺し、118球6安打1失点完投。夏春連覇を目指すチームに春1勝を呼び込んだ。「最高。気持ちを前面に自分のピッチングをしようと思った」。香田誉士史監督(現駒大監督)は「ハートが強く動じないんです。よく投げてくれた」と田中を称えた。神戸国際大付(兵庫)との2回戦では4点差の6回から登板。無安打、4奪三振に抑えたがチームは零封負け。夏春連覇の夢は砕け散った。同年夏は優勝。田中は胴上げ投手となり脚光を浴びた。最上級生となった秋季大会も快進撃。北海道大会、明治神宮大会を制し、夏の地方大会からの公式戦連勝を29に伸ばした。翌06年1月31日の選考委員会で2年連続3度目のセンバツ出場が決まった。前年達成できなかった夏春連覇へ田中も「出るからには優勝を狙うし、自分たちの野球を1戦1戦すれば勝てると思います」と意気込んでいた。だが1カ月後、運命は暗転する。卒業式を終えた3年生部員の不祥事が発覚。3月3日、駒大苫小牧はセンバツ出場の辞退を発表した。優勝候補の大本命。プロ注目の大会NO・1投手は紫紺の大旗獲得へ挑むことすら許されなかった。春の悲劇から立ち直り夏は早実・斎藤佑樹(2010年日本ハム1巡目)との死闘の末、準優勝。波瀾万丈、田中の甲子園ストーリーは終わった。◆2006年高校生ドラフト楽天1巡目~14年ヤンキース~21年楽天~25年巨人~