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【メジャーリーガーたちのセンバツ】横浜・松坂大輔 20世紀最後の記念大会618球から始まった怪物伝説 - スポニチ Sponichi Annex 野球
いよいよ19日に甲子園で第98回選抜高等学校野球大会が開幕する。1964年、サンフランシスコ・ジャイアンツで村上雅則投手がMLBデビューしてから62年。多くの日本人選手が海を渡り活躍しているが、その村上投手をはじめドジャース・大谷翔平選手(31)ら多くのメジャーリーガーたちは早春の甲子園を経験。世界の舞台へ羽ばたいていった。「メジャーリーガーたちのセンバツ」と題して、センバツの舞台から大リーグに挑んだ選手たちを振り返る。(構成 浅古正則)※MLB所属球団はメジャー選手登録されたチームのみ記載。
■松坂大輔(横浜=神奈川)MLBレッドソックス、メッツ36校が出場した1998年、20世紀最後の記念大会。主役は神奈川・横浜高のエース松坂だった。早くから超高校級と注目されながら甲子園デビューはこの3年生の春だった。3月28日の初戦(2回戦)報徳学園(兵庫)戦の2回、鞘師智也(02年広島4巡目)への4球目。剛速球がうなりをあげる。巨人スカウトが手にしているスピードガンのデジタル表示は「150」。高校球児が甲子園で150キロの大台を突破したのは初めて。高校野球史に刻まれる1球となった。9回、2点を失ったが完投で聖地1勝。「紫紺の頂」へ歩みを進めた。3回戦の相手は東福岡。初回、先頭の2年生・田中賢介(99年日本ハム2巡目)に中前打を浴びる。送りバントで1死二塁。3番は村田修一(02年横浜=現DeNA自由枠・現DeNA2軍監督)。エースで主砲。東福岡の大黒柱だった。松坂は村田から危険なにおいを嗅ぎ取っていた。「センバツの時に違うな、と思ったのは村田。こいつはスイングが違う」(2013年スポニチアーカイブスでの回想)この第1打席は三振。終わってみれば村田を4打数無安打2三振に牛耳るなど13奪三振で甲子園初完封を飾った。準々決勝も郡山(奈良)を7奪三振、5安打完封。準決勝で“西の横綱”PL学園(大阪)と対戦した。初回の先頭打者、2年生の田中一徳(99年横浜1巡目)を二ゴロに仕留めると2番・平石洋介(04年楽天7巡目)を遊ゴロ。3番のスラッガー大西宏明(02年近鉄7巡目)も二飛に打ち取ったが、立ち上がりから3人立て続けに“プロ注目の選手”との対戦。松坂は厳しい戦いを覚悟した。6回、松坂が2死満塁から三塁線を破られ2点を失う。だが横浜は8回、同点とし9回には無死一、三塁からスクイズで決勝点をもぎとった。最後の打者を見逃し三振に仕留め25年ぶりのセンバツVへ王手をかけた。決勝は関大一(大阪)。エース久保康友(04年ロッテ自由枠)は大会屈指の右腕としてプロから注目されていた。東西エース同士の真っ向対決。疲労が限界に達していた松坂は腰痛を抱えていた。制球重視の投球で4安打完封。たった一人で5試合、618球を投げ抜き春の頂点に立った。夏も出場。決勝ではノーヒットノーランを達成。春夏連覇の大偉業を成し遂げた。◆1998年西武1巡目~2007年レッドソックス~13年メッツ~15年ソフトバンク~18年中日~20年西武。