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【内田雅也の追球】不屈と反骨の「純感動」 - スポニチ Sponichi Annex 野球
阪神3点ビハインドの9回表、福島圭音は死球を得た際、両手をたたいた。育成出身、ギラつく形相で無死満塁、同点の一塁走者となった。
この時、拍手した福島は同点生還を熱望していたろう。見ている側もある種の予感を抱いた。そして本当にそんなことが起きる。あのベーブ・ルースの言葉「あきらめないやつを負かすことはできない」である。内野ゴロで1点を返したが、すでに2死で二、三塁。そして打者・中野拓夢は2ストライクと追い込まれた。しかも2―2からの6球目、ファウルチップを捕手・石原貴規が落球し命拾いした。このチップは空振り(三振)にも見えた。石原が球審に主張していた。その後も粘って9球目チェンジアップを巧打して左前に運んだ。二塁走者・福島は持ち前の俊足でタッチをかわし左手で同点の本塁を払った。延長に持ち込んだ10回表には木浪聖也が右翼席に決勝2ランを打ち込んだ。この日は1、4回裏に雨で濡れた天然芝の上を難しいゴロが転がり、2度内野安打で生かしていた。ともに失点につながった。6回表無死一、二塁ではバントファウルの後、三振に倒れた。不運を吹き飛ばし、9回表は同点口火の安打も放っている。遊撃争いで劣勢な2~3月を乗りこえての反骨が見えた。福島の生還や木浪のさく越えにベンチで全員がガッツポーズしていた光景に一丸が見える。監督・藤川球児も「チームが一つになってスタートできている証し」と感じた。「いまチームに乗ろうとしている選手もいますし、またここから戻ってくる選手もいる」。投手で通算317勝、監督も務めた鈴木啓示(本紙評論家)は「チームが好調な時、選手は“乗り遅れまい”としてチーム力が高まる」と話していた。雨で午後2時開始予定が1時間遅れ、5回裏には1時間1分の中断。この時点で降雨コールドで敗戦の可能性もあった。試合終了は8時。6時間の一戦に不屈を見る。かつて本紙に28年間、夏の甲子園大会期間中、毎日、『甲子園の詩』を寄せた阿久悠が書いている。<感動はあるようでない>と書いていた=『歌謡曲の時代』(新潮社)=。<正直いって、四試合でも純感動は難しく準感動に熱を加えて書くことがないでもない>。野球記者のシーズン143試合もほとんど似ている。この日は「純感動」である。 =敬称略=(編集委員)