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青木宣親、鳥谷敬、和田毅ら育てた名将・野村徹さん死去 89歳肺炎 5度の優勝導いた早大元監督 - スポニチ Sponichi Annex 野球
早大の元捕手、監督で大昭和製紙では監督として都市対抗野球優勝も果たした野村徹(のむら・とおる)さんが8日午後6時5分、肺炎のため大阪府内の病院で死去した。89歳。大阪府出身。葬儀・告別式は近親者のみで行い、弔電、供花も辞退する意向。後日お別れの会を開く。
早大では60年秋季リーグ戦で優勝決定戦の再々試合までもつれた伝説の「早慶6連戦」で捕手として優勝に貢献。大昭和製紙でプレーした後は監督に就任し、都市対抗野球で優勝した。その後、近大付(大阪)で88年春夏の甲子園出場。99年春から04年秋まで早大の指揮を執り、03年秋に同大初の10戦全勝優勝での4連覇を果たすなど、5度の優勝に導いた。ヤクルトの青木宣親GM、元阪神の鳥谷敬氏、元ソフトバンクの和田毅氏ら多くのプロ野球選手も指導。アマチュア野球界きっての名将だった。24年10月2日、神宮で行われた当時ヤクルトで現役を終えた青木GMの引退セレモニーにサプライズ登場。「(大学時代に)一番怒ったかもしれないが、不思議なもので卒業後も一番連絡くれるのは青木」とかわいがった青木GMは花束を受け取り号泣した。「一球をおろそかにするな」と緊張感を持った厳しい指導がモットーで、プロ入りした教え子らが卒業後に野村さんと対面する際は直立不動になるほど、圧倒的な存在感を持つ指導者だった。野村 徹(のむら・とおる)1937年(昭12)1月1日生まれ、大阪府出身。北野(大阪)から早大に進み、捕手として2度のリーグ優勝に貢献するなど活躍。卒業後は大昭和製紙でプレーし、70年には監督として都市対抗優勝に導いた。85年4月に近大付(大阪)の監督に就任。88年春にチームを13年ぶりの選抜に導き、夏も連続出場を果たした。98年に早大の第16代監督に就任。04年秋まで指揮を執った。