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野村徹さんを悼む 自分も指導されているような緊張感の取材 - スポニチ Sponichi Annex 野球
記者1年目の99年。初めての署名記事は、5月17日付の15行ほどの「担当直入」という記事だった。就任1年目の春季リーグ戦で早大を11季ぶりに優勝に導いた野村監督の記事に添えられたもの。早大野球部出身で当時の4年生は記者の2学年下の後輩たちだった。
野村監督に直接指導は受けていない。だが、練習取材の際は西東京市・東伏見のグラウンドで、自分も指導されているような緊張感を味わった。当時62歳だったが眼光鋭く、エネルギッシュ。一方で、グラウンドを離れれば語り口は柔らかく愛情にあふれた人だった。野村さんが最後に神宮球場を訪れたのは、昨年5月31日の早慶戦だった。「東京六大学野球連盟100年」記念のレジェンド始球式を行った、教え子の元ソフトバンク・和田毅氏の勇姿を大阪から見届けに駆けつけた。登板前に、近隣の施設で当日着用したユニホームの「授与式」を行っていた。「授与式」はリーグ戦前日の毎週金曜日に東伏見の安部寮で行われていたもの。野村さんは監督時代、和田氏は大学時代と同じ儀式で始球式に臨んだ。最後まで一球に全ての情熱を注ぎ込んだ野球人だった。(野球部長・春川 英樹)