スポニチ
【内田雅也の追球】伝わった「勇気」の連鎖 - スポニチ Sponichi Annex 野球
野球は選手同士が刺激しあい、心が伝播(でんぱ)するスポーツである。9回表の阪神の逆転劇は、前の8回表の「勇気」がチーム内に伝わった結果だとみている。
それは福島圭音の「粘り」と「勇気」である。1―2と1点を追う8回表先頭、代打で起用された福島はファウル6本で粘り、10球目を右前打して出塁した。そして打者・近本光司の2球目に走った。二盗である。ヘッドスライディング及ばず憤死となった。リクエストでのリプレー検証でも判定は覆らなかった。「結果の世界。セーフにならないと意味がない」と福島は言った。いや、違う。よくぞ走ったと選手たちは見ていたのではないか。あのスタートからスライディングまでの3秒余りの間、その勇気を感じ取ったはずだ。盗塁王5度の赤星憲広(本紙評論家)は盗塁の3要素(スタート、スピード、スライディング)の「3S」以上に「勇気」こそ必要だという。「3S+勇気ではなく、勇気+3Sなんです」福島が見せた勇気は伝わり、広まった。直後に左前打で出た近本は二盗を決め、同点の二塁に立った。藤嶋健人がセットして長く持っている間にスタートしていた。何か癖を見抜いていたかも知れないが、勇気が必要なのは変わりない。近本も今年出した著書『僕は白と黒の間で生きている。』(幻冬舎)で<盗塁とは勇気の問題だったのです>と記していた。この8回表はあと一打が出ず、裏に1点を失いビハインドが2点となっても、わきあがった勇気はうせなかった。9回表。クローザーの松山晋也に向かっていった。佐藤輝明が2球目、大山悠輔が初球を打って連続長短打で1点差。無死一塁で大山の代走・植田海がまた走った。この勇気もまた相当なものである。二盗は成功し、同点の得点圏に立った。2死一、三塁と土壇場まで追い込まれたが、代打・前川右京が初球フォークを右翼線二塁打し、右翼手のファンブルもあって一塁から高寺望夢が逆転の本塁に還ったのだった。凡打すれば敗戦となる重圧のなか、勇気ある初球攻撃だった。福島から近本、佐藤輝、大山、前川……と勇気の連鎖があった。監督・藤川球児は「みんながよく連動してくれましたね」という表現で、一丸の逆転勝利をたたえていた。 =敬称略= (編集委員)