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長嶋さん追悼試合、ホームランを打たれた男も来場 熊谷高OB福島郁夫氏「〝大根切り〟のようなスイング」
1983年9月、 県営大宮球場を訪れて「あそこだね」と高校時代に本塁打を打ち込んだバックスクリーンを指さす長嶋さん(右)。左は福島氏=(福島氏提供)昨年6月3日に死去した〝ミスタープロ野球〟長嶋茂雄さん(享年89)の一周忌に合わせて、長嶋さんの母校である千葉・佐倉高が6月6日(土)に千葉・佐倉市の長嶋茂雄記念岩名球場で追悼親善試合を行うことが13日、分かった。相手は長嶋さんが佐倉一(現佐倉)高3年時の1953(昭和28)年に高校時代唯一の本塁打を記録した埼玉・熊谷高。〝ミスター伝説〟がスタートした両校の対戦は、73年ぶりとなる。(取材構成・松尾雅博、清水満)追悼試合には、73年前に長嶋さんに本塁打を喫した熊谷高OBの福島郁夫さん(89)も来場する。当時は2年生エース。佐倉一高の練習を偵察したOBから「遊撃に体の大きな選手(長嶋さん)がいる。要注意だ」と助言を受けて武器の速球で勝負し、二飛、三遊間への内野安打の後、3打席目にバックスクリーンへ運ばれた。「きれいなフォームではなくて、構えが大きく〝大根切り〟のようなスイング。足が速くて野性味のある選手だった。実は4打席目の中飛にも驚かされたんだよ」打球はマウンドの福島さんが思わずしゃがみ込むほど低い弾道で伸び、フェンス手前で中堅手のグラブに収まった。『サード、長嶋』の誕生にもかかわった。正三塁手が五回の打席で福島さんの投球を肘に受けて交代。その裏から長嶋さんが三塁を守ったのだ。福島さんは卒業後、東映(現日本ハム)に入団し、2年目の1956年にはチーム勝ち頭の13勝を挙げた。しかし、プロで顔を合わせることはなく、再会は対戦から30年後の83年9月。〝浪人〟の長嶋さんが、リトルシニアの表彰式で県営大宮球場を訪れたときだ。「『しばらくだね~。球が速かったね』と声をかけてくれてね」。引退後、八木橋百貨店(熊谷市)の外商部に勤務した福島さんは「〝長嶋さんにホームランを打たれた男〟として商談が進んだよ」と感謝した。