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【MLB】村上宗隆「日々野球ができることに感謝」 熊本地震から10年…米国に渡っても変わらぬ故郷への思い
試合前、ファンサービスを行ったホワイトソックス・村上宗隆。米国から故郷に思いをはせた=米ミズーリ州カンザスシティーのカウフマン・スタジアム(撮影・福島範和)【カンザスシティー(米ミズーリ州)12日(日本時間13日)=赤尾裕希】ホワイトソックスの村上宗隆内野手(26)が、2016年4月14日夜に発生した熊本地震から10年を迎えるにあたり、野球ができる喜びなどを明かした。ロイヤルズ戦には「3番・一塁」で先発出場し、3打数無安打2四球だったが、1得点で6―5の勝利に貢献。メジャーの大舞台で奮闘する姿を見せ、故郷で応援してくれる人々に勇気を届ける。あの日から、10年を迎える。2016年4月14日夜に発生した熊本地震。村上はつらく、苦しい日々を思い起こしながら、野球ができる喜びをかみしめた。「地震があったときは野球ができなかったので、こうやって何事もなく日々野球ができることに感謝したい」当時、九州学院高2年生。練習を終え、自転車で下校途中に激しい揺れに襲われた。母校の体育館が避難場所となり、十分に野球ができない期間を経験。野球を「僕の人生」と位置付ける村上にとっても、大きな出来事だった。高校卒業後、日本球界で数々の偉業を成し遂げ、今季から米大リーグの舞台に挑戦している。その姿は、熊本の多くの人に勇気を与えているだろう。6回に生還し、ベンチで迎えられる村上宗隆(撮影・福島範和)「熊本だけじゃなくて、日本でいろいろな災害に遭われた人たちに、スポーツの力で少しでも元気を与えられるのは僕たちにとっても、すごくやりがいがあるので頑張りたい。やってもらった分、影響力がある立場として力になりたい」本拠地レート・フィールドで流れる登場曲は、メンバー全員が熊本出身で親交のあるバンド、WANIMAの「りんどう」を採用。いつまでも思いは変わらない。この日は3打数無安打2出塁。1点を追う六回1死で四球を選ぶと、2死満塁から代打・ベニンテンディの押し出しで同点のホームを踏んだ。5―5の七回1死二、三塁では申告敬遠。直後に相手の暴投があり、チームは勝ち越した。べナブル監督は「(四球は)とても大きい。彼は必死に取り組んでいる」とたたえた。8日(日本時間9日)のオリオールズ戦の第2打席に二塁内野安打を放って以来20打席連続無安打だが、懸命にメジャーで結果を残そうと奮闘する姿は、故郷の子供たちに夢と希望を与えているはずだ。「少しでも(子供たちの)力になっていたら、うれしい」と村上。今までも、これからも、熊本を思いながらグラウンドに立つ。★熊本地震2016年4月14日夜に「前震」が発生、16日未明に「本震」が起きた。観測史上初めて震度7を2回観測した。熊本、大分両県で災害関連死を含め計278人が犠牲となった。亡くなった人の約8割は、避難生活の疲労などを原因とする災害関連死だった。家屋被害は全壊が約8600棟、半壊約3万4700棟。熊本県では最大で4万8000人近くが仮設住宅に入居した。やぐらや石垣が損壊した熊本城では「復興のシンボル」とされる天守閣が21年に復旧。城全体の完全復旧は52年度を見込む。一球速報へ村上の成績へ