日刊スポーツ
【ヤクルト】池山監督は「太陽みたいな人」現役時代の自主トレ「権現温泉」当時知る石丸篤史さん語る
ヤクルトが“ブンブン丸発祥の地”で白星をつかんだ。逆転後に降雨コールドで3連勝となり、試合後に阪神が逆転負けし10日以来の単独首位に返り咲き。就任後初の愛媛・松山での試合で、池山隆寛監督(60)はウイニングボールを手に喜んだ。◇ ◇ ◇チームを明るく引っ張っているヤクルト池山監督はずっと「太陽みたいな人」だ。現役時代に、愛媛・松山で自主トレを実施。広沢克実氏とともに始め、同氏の巨人移籍後の96年1月から同市内の「権現温泉」に宿泊していた。当時の経営者の息子で、現在も選手の松山自主トレを手伝う石丸篤史さん(45)が中学生の頃。「みんなに慕われる太陽みたいな人です。人が自然と集まってくるなと長年付き合っていて思います」と話した。ハードなメニューをこなしていたが、練習以外の時間は笑いが絶えなかった。行きと帰りの車の中では大騒ぎで楽しみ、練習中は目の色を変えて鍛錬。石丸さんは「子どもながらにプロってすごいなと。ヤクルトの代々の選手のいいところ。その後、川端選手、中村(悠平)選手、山田選手とかの自主トレを見ても切り替えができる」と明かした。常に優しい人だ。石丸さんの家族が経営から離れることが決まった後の24年1月。当時2軍監督の池山監督は権現温泉に向かい自主トレ中の中村悠、山田らに「僕らは野球でしか返せない。野球で返していこう」というような話をした。石丸さんの父直史さんが亡くなった際も駆けつけた。「言葉もですし立ち居振る舞いとかがすてき。1回でも多く笑顔が見たい」。この日はスタンドから観戦し、試合前には直接会って言葉を交わした。指揮官は「ありがたいことに試合前にみんなあいさつにきてくれた。良かった」。勝利後にベンチ前でナインと笑顔でハイタッチ。石丸さんら関係者、松山の燕党に、笑顔と勝利を届けた。【塚本光】◆松山とヤクルト 過去に松山坊っちゃんスタジアムで行われたヤクルトの公式戦は計42試合。初試合は02年4月20日の中日戦で5-0の完封勝ちだった。02年以降は毎年開催があり(20年はコロナ禍でなし)、通算成績は21勝19敗2分け。本塁打は合計20本出ており、村上宗隆が4本、バレンティンが3本、ラミレスが2本と、3人が複数本塁打を記録している。ちなみに、03年に閉場した松山市営球場でも1試合だけある。国鉄時代の50年8月23日の広島戦で、この試合は9回に金田がサヨナラ安打を打たれ5-6で敗れた。