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【内田雅也の追球】後悔の夜を越えて - スポニチ Sponichi Annex 野球
阪神・高寺望夢はヒーローになるはずだった。7回裏、1点差に迫ってなお2死二、三塁、代打で起用され、逆転の2点打を放った。
内角高め速球に詰まり、バットを真っ二つに折られながら遊撃後方に運んだ。気持ちのこもった一打だった。そのまま左翼に入った。このところ、左翼での守備固めでも起用され、堅守には定評があった。だが、試合は8回表にダウリ・モレッタが同点ソロを浴びた。そして9回表、岩崎優が2死二塁から松本剛に痛打を浴びたのである。打球は左翼・高寺の真っ正面にライナーで飛んできた。前進チャージを一瞬ためらい、白球は足元で弾んだ。決勝の二塁走者が生還していた。正面のライナーは難しい。遠近感が分からず、判断に迷う。少しでも左右どちらかのライナーならば、高寺も飛びこんでいただろう。そして美技を演じていたはずだ。コンマ何秒の世界である。飛びこんで勝負していれば――との後悔があろう。もちろん後逸して打者走者まで生還する危険もある。ただし、自重してワンバウンド捕球しても二塁走者は還る。ならば、勝負だったか――。敗戦後の通路。そんな話をすると「それは、そうです」と外野守備兼走塁チーフコーチ・筒井壮は言った。「しかし、結果が出なかった以上、何もありません。次にどう生かすか、ですね」阪神では、前向きな失敗は許される。決して責めないとの空気がある。この夜も9回裏最後のプレーは一塁走者・小幡竜平の二盗憤死だった。「男なら、たとえ溝(どぶ)の中でも前のめりで死ね」と言った坂本龍馬の精神である。同じ土佐出身の監督・藤川球児の精神とも言えよう。何度も書くが、野球の神様は「失敗から学べ」と言う。問題は次にどう生かすかだ。高寺は「しっかり練習して頑張ります」と前を向いた。そのためにはやはり準備だろう。きょう15日は大リーグで「人種の壁」を破ったジャッキー・ロビンソンが1947年、公式戦デビューした日だ。登用したドジャース球団社長、ブランチ・リッキーは「幸運」を嫌った。「あらゆることを想定して常に準備を重ねておくことだ。幸運とは準備の残余物にすぎない」後悔や無念の夜を越えて強くなる。前を向くための敗戦である。 =敬称略= (編集委員)