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Wソックス・村上、熊本に届け鎮魂5号 熊本地震から10年目の「4・14」特別な日に通算3本目アーチ - スポニチ Sponichi Annex 野球
ホワイトソックスの村上宗隆内野手(26)は14日(日本時間15日)、レイズ戦の9回に9試合ぶりのアーチとなる5号2ランを放った。現地時間でこの日は、故郷を襲った熊本地震から10年という一日。地震発生当時は高校2年生で、プロ入り後は復興支援活動を精力的に行ってきた。「4・14」通算3本目の鎮魂の一振りは、厳しいメジャーの世界へ適応する兆しを示す価値ある一打だった。
試合の大勢は決していた。3―8の9回2死一塁。それでも村上の集中力は研ぎ澄まされていた。4番手右腕ゴメスの初球94・4マイル(約152キロ)を空振りし、2球目。94・1マイル(約151キロ)直球が内寄りに来た。逃さず引っ張り右翼ポール際へ。直後は打球の行方を見届けていたが、5号2ランがしっかりポールを巻いた。「初球空振りして、これじゃないなという感じで修正できて、しっかり速い球を捉えられて良かった」開幕3戦連発というド派手なデビューを飾ったが、その後は苦しんでいた。前日までの直近8試合は23打数1安打、10三振。打率は・157まで低迷していた。25打席ぶりの安打で、9試合、37打席ぶりの一発。「そんなにうまくいくことはないと僕の中では思っていたので、全く焦りはなかった」。今季5号はリーグトップに1差の4位で、ドジャース・大谷に並んだ。1年目の日本選手で最多22本塁打した18年の大谷は、5本到達は野手出場19試合目で、村上の17試合はそれを上回るペースだ。「4・14」。村上にとって忘れることのない特別な一日だ。16年4月14日、最大震度7の地震が熊本を襲った。当時九州学院2年で、練習後に自転車で帰宅中だった。家族や親戚に被害はなかったが、学校は被災者へ開放された。避難所の体育館へ向かい被災者の手助けに走り、約1カ月間、野球どころではなかった。「こうやって日々野球ができていることに凄く感謝したい」と神妙に話す。今ある環境は当たり前じゃない。だからこそどんな一打席でも、悔いのないものにしようと常に集中を切らさない。プロ3年目からは本塁打を1本打つごとに熊本城の復旧のために一定額を寄付。支えてくれた周囲への感謝の思いは強く「やってもらった分、僕らも何か影響力のある立場として力になりたい」。19、24年に続いて「4・14」にかけたアーチは3本目。プレーで届けられるものがあるという信念が宿っている。不振の間は日々、映像を見返し「コースと自分のスイングと。これ、なんで手が出なかったんだろう」と自問自答しながら打撃を調整してきた。ウィル・ベナブル監督は「本塁打の前も四球をいくつか選び、強い打球を打っていた。これを続けてくれたら」と復調への兆しを感じ取っていた。特別な一日に力強くリスタートした。