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【鷲田康・球界インサイドリポート】6・25「長嶋茂雄デー」実現に思いをはせて 全チーム選手が背番号「3」でプレー
1959年6月25日の天覧試合、阪神戦でサヨナラ本塁打を放つ巨人・長嶋茂雄現地時間の4月15日、米大リーグでは「ジャッキー・ロビンソン・デー」が実施され、全チームの監督、コーチ、選手が背番号「42」のユニホームでグラウンドに立った。ご存じのように「ジャッキー・ロビンソン・デー」は、人種差別が激しかった1947年に黒人選手として初めてメジャーリーグでプレーしたロビンソンの功績をたたえ、記憶に残すために始まったものだ。いかにもアメリカらしい敬意の表し方だが、そこで思うのは昨年、亡くなった長嶋茂雄さんのことである。昨年6月3日に長嶋さんが亡くなった直後にも、このコラムで書いたが、長嶋さんが残した功績は、決して巨人1球団だけのものではなかった。中でも特筆すべきは、プロ野球人気に火をつけるきっかけとなった、天覧試合でのサヨナラホーマーである。1959年6月25日の巨人-阪神で阪神・村山実投手から長嶋さんが放ったサヨナラ本塁打は日本中を熱狂させ、それを契機にプロ野球人気は大きく広がったのである。生前の長嶋さんも「あれでプロ野球が国民的スポーツになったと言われています。私にとっても生涯のベストゲームでした」と語るのを聞いたことがあった。天覧ホーマーはプロ野球史の中でも特筆すべきもので、戦後の復興を駆け抜けた日本人にとっては、元気と勇気を与えた大きな出来事でもあったのだ。そういう意味で長嶋さんの存在とは、巨人だけでもなく、野球界だけのものでもない。戦後の日本人の象徴的な存在なのである。おそらく長嶋さんが亡くなった6月3日前後には、巨人も追悼試合を行い、選手たちが背番号「3」でグラウンドに立つことになるだろう。ただ、果たして長嶋さんの功績は巨人だけのものなのだろうか。プロ野球全体で長嶋さんをしのぶ日が欲しい。そう思うのは筆者だけだろうか。天覧試合の6月25日。全チームの選手が背番号「3」でプレーする。そんな「長嶋茂雄デー」が実現することに夢をはせる。(スポーツジャーナリスト)