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【ベテラン記者コラム(835)】奪三振記録「知らなかった」阪神・才木浩人と「知っていた」巨人・篠塚和典の伝説の一発
1993年6月、巨人・篠塚が劇的なサヨナラ弾阪神・才木浩人投手が4月7日のヤクルト戦(甲子園)でセ・リーグ記録に並ぶ16奪三振の好投を披露した。被安打5、3失点(自責点2)で勝利投手になったが、記録更新には挑まず、8回105球で降板したことが話題になった。セ・リーグ記録の1試合16奪三振を記録した阪神・才木浩人=甲子園球場(撮影・水島啓輔)九回も続投してあと1つ三振を奪えばセ・リーグ新記録、3者三振だったら野田浩司、佐々木朗希のプロ野球記録「1試合19奪三振」に並べた。ところが、才木はヒーローインタビューで「なんも知らなかった」と笑い、降板させた藤川球児監督も「僕も知らなかった。才木には申し訳ない」と謝っていた。本当のところはわからないが、奪三振ショーはとにかく話題になる。当然、紙面にはセ・リーグ記録16奪三振の達成者の表が掲載される。金田正一、江夏豊、外木場義郎、桑田真澄らそうそうたる名前が並び、ほとんどの投手が完封勝利を飾っているが、ひときわ異彩を放つのが、16三振を奪いながら敗戦投手になった唯一の存在。伊藤智仁だ。1993年6月9日、金沢市の石川県立野球場で行われた巨人-ヤクルトの一戦は、三振の山を築いていたルーキーの伊藤智仁を一撃で沈めた篠塚和典のサヨナラ本塁打が語り草となっている。このとき、ヤクルトの野村克也監督と伊藤は奪三振記録がかかっていたことを「知らなかった」。ただ、捕手の古田敦也は「知っていた」。それだけに試合後のベンチでは、篠塚への配球について野村監督から古田へのお説教が長々と続いたという。それでは、打った篠塚はどうだったか。答えは「知っていた」。昨日のことのように思い出を話してくれた。「ジャイアンツはみんな知ってたよ。地方球場だったから、ベンチのすぐ横の通路にテレビ中継が映っているモニターが置いてあって、インタビューするアナウンサーが見ていたんだ。うちのスコアラーなんかも近くにいるわけだから、そりゃあ知らないわけないよ。あれだけ三振していたら、打撃コーチだって気にするし。選手同士で話していたわけではないけど、八回が終わって15三振だ、あと1個でセ・リーグ記録だ、という雰囲気になっていたね」