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【塚ちゃんの生涯一記者】祝・還暦! 西武・田辺徳雄コーチの応援歌を地で行く野球人生「俺の人生を予言してるような歌詞」
育成選手を指導する西武・田辺徳雄3軍野手コーチ(中央)。左から是沢涼輔捕手、右は谷口朝陽内野手西武・田辺徳雄3軍野手コーチが11日、60歳の誕生日を迎えた。当日は月曜で練習が休日だったため、前日の10日の練習開始前に2、3軍の選手を代表し、2002年のコーチ1年目に入団した中村剛也内野手(42)からプレゼントを渡され、真っ赤なビジョンには「祝・還暦! 田辺徳雄コーチ」と映し出された。そんな田辺コーチに10年前から聞こうと思い、聞きそびれていたことがあった。現役時代の応援歌の歌詞のことだ。「♪人生苦もありゃ、楽もある。行け行けゴーゴーゴー、火の玉ホームラン」これは応援歌といえるのか!? 前半と後半が全くつながらず、13本塁打が年間最多の田辺コーチに「火の玉ホームラン」を求める、はっきり言ってムチャクチャな歌詞といえる。西武は1990年、シーズン中の6月に清原和博、秋山幸二以外の応援歌を突然リニューアル。その中にレギュラー4年目の田辺コーチの応援歌も含まれていた。当時の西武ファンは今と違って子供が多く、この曲を合唱していたと思うと、何ともシュールな光景だ。しかし、田辺コーチは「音楽はもちろん知ってるけど、歌詞は知らない」とのこと。今のようにビジョンや、ホームページで歌詞が掲載されているわけではなく、自分の応援歌が何て歌われていたのか知らない選手も多いだろう。そこで私が歌って教えると「なんだよ! 水戸黄門じゃないかよ!!」と鋭いツッコミが入ったが「いいね、俺の人生を予言してるような歌詞で、ありがたいね」と顔をほころばせた。還暦を機に、田辺コーチに野球人生を振り返ってもらうと、山梨・吉田高2年の1983年夏の甲子園に出場。大学に進学し、地元に戻り公務員になる人生設計を描いていたという。ところが、西武に1985年ドラフト2位で入団。「高校の(輿水又幸)監督から『自分がやっている間に、プロ野球選手を1人出したい』と聞いて。『じゃあ勝負してみようか』と、何も知らない西武に入ったんだよ」と振り返った。