スポニチ
【内田雅也の追球】「ミスター」が見ている - スポニチ Sponichi Annex 野球
小学6年生の修学旅行先は京都だった。バスが清水寺に向かっていた夕方、「そろそろだ」とがまんできなくなって、先生とバスガイドの女性に「ラジオをつけてください」とお願いした。
その日、1974(昭和49)年10月14日は長嶋茂雄引退の日だったからだ。長嶋人気は和歌山の小学生にも絶大だった。車内に後楽園球場からの中継が流れると、場内に観客の「サード! サード!」のかけ声が響いていた。9回表、最後の守備に就いた長嶋への惜別の叫びだった。あれから半世紀以上、今や野球取材の現場でも長嶋を知る人は少なくなってきた。一体、長嶋は何がすごかったのかと聞かれる。残した成績はすごいが、通算本塁打でも打率でも一番ではない。長嶋のすごさは圧倒的な勝負強さだったと答えるようにしている。ここぞという場面では必ず期待に応えた。天性の明るさがあった。高度成長期の日本で人びとに夢と希望を与えてきた。「ミスター・プロ野球」、国民的ヒーローだった。巨人ファンも阪神ファンも南海ファンもなかった。そんな長嶋が逝って1年になる。きょう3日が命日だ。プロ野球は功績をたたえ、長嶋茂雄賞を創設した。趣旨は「走攻守で顕著な活躍をし、かつグラウンド上のプレーにおいてファンを魅了するなど、日本プロ野球の文化的公共財としての価値向上に貢献した野手」。要するに「記録より記憶に残る」選手である。今季の初代候補には阪神・佐藤輝明の名があがる。同賞創設を提言した張本勲(本紙評論家)も有力候補と認めたうえ<ただ、無理して選ぶのではなく、賞の名にふさわしい選手がいなければ該当者なしでもいい>と本紙に寄せている。森下翔太も候補者だろう。その長嶋は少年時代、「ミスター・タイガース」藤村富美男に憧れていた。著書『野球は人生そのものだ』(日本経済新聞出版社)で<好打を連発。塁に出ると猛然とヘッドスライディングをやってのけ、サードを守っては猛ゴロを素手でとってジャンピングスローでスタンドを沸かせる。実際に後楽園で見てしびれた>。帰宅後、夢中でまねをしたそうだ。原点を思えば、長嶋賞は藤村賞と言い換えられる。「ミスター」と称された2人も天国から見つめている。常にファンを思ってプレーした姿勢は忘れずにいたい。 =敬称略=(編集委員)