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【塚ちゃんの生涯一記者】ヤクルトは「それでも斎藤佑樹がほしかった」神宮100年で始球式に登場
2022年、野球伝来150年プロアマ記念試合で始球式を務めたときの斎藤佑樹氏=神宮球場元日本ハム投手の斎藤佑樹氏が、38歳の誕生日となる6日に「明治神宮外苑創建100年記念」として行われるヤクルト-日本ハム(神宮)で始球式を務める。神宮球場は早実高3年の2006年に夏の甲子園出場を決め、早大では東京六大学リーグで通算31勝。10年には明治神宮大会で日本一になっている。早実高2年秋に、翌春の選抜出場を当確にしたのは神宮第二球場だった。プロでは意外にも日本ハム2年目の12年5月31日にヤクルト戦で先発し、4回3失点で敗戦投手になった1度しか登板はないが、今でも思うことがある。「もしもあのとき斎藤佑樹がヤクルトに入っていたらどうなっていたんだろう?」と。斎藤氏の外れ外れ1位だった山田哲人内野手が中心選手になっていた頃でも、ヤクルトの複数の球団幹部や、スカウトは「それでも斎藤佑樹がほしかった。それぐらい、あのドラフトで、うちは力を入れていた」と声を揃えたほどだった。10年のドラフト戦略で、ヤクルトは早い段階から斎藤氏の指名を公言。当時の鈴木正球団社長は「品がある。神宮で育った選手なので、地の利を生かして活躍してほしい」とラブコール。スカウトからも「試合をつくることができ、何より人気がある。先発すれば観客が3000人は増える。勝てばもっと増える。最近はいい投手はみんなパ・リーグに集まっているから斎藤は〝自分がセ・リーグに行って、盛り上げてやろう〟と思っていると聞いている。それにウチが一番試合に出るチャンスがありそうだしね」と佑ちゃん獲りに、ものすごい熱量だった。とはいえ、ドラフトはくじ引き。ヤクルトでは、その年に借金完済男として監督代行から昇格した小川淳司監督が大役を依頼されたが「俺は嫌だよ。くじ運がないし、ロト6だって当たったことないんだから」と固辞し、くじ引き役に2戦2勝の古田敦也元監督を検討する仰天プランまで飛び出すなど難航した。迎えたドラフト当日は一騎打ちとみられていたロッテばかりか、ソフトバンク、そしてスカウト間でもノーマークだった日本ハムの4球団が斎藤氏を指名。ヤクルトは小川監督が断り切れずに壇上に上がったが最初に外してしまい、2番目の日本ハムは07年の中田翔内野手に続き藤井純一球団社長が引き当てた。