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気持ちで投げた“松井キラー” 野村監督直伝「弱者の野球」を胸に刻み、挫折から復活 - スポニチ Sponichi Annex 野球
阪神ブルペンに伝説を残す左腕がいた。その名は遠山奬志(58)。85年ドラフト1位で入団した遠山はトレード、打者転向、自由契約と辛酸をなめる中、99年に「松井キラー」として復活。巨人の4番を13打数無安打と完全に封じ込めた。京都広学館コーチとして今もグラウンドに立つ遠山が、野村克也監督直伝の“弱者の野球”を語った。(敬称略)【猛虎の血】遠山奨志さん前編 ゴジラキラーの遠山桜登場!! 元祖二刀流で活躍【猛虎の血】遠山奨志さん後編 激戦の京都で高校野球指導者に
雄姿は今季、セ・リーグ公式戦で見ることができる。来季からのDH制導入に向け「9人制野球最終章」とした動画が、試合前に甲子園や東京ドームで流される。金田正一の代打本塁打、江夏豊のノーヒットノーラン&サヨナラ本塁打とともに「野村スペシャル」と呼ばれた遠山と葛西稔(現阪神スカウト)の一人一殺の継投が登場する。その遠山が大事にしている1本のバットがある。ヘッドの部分に「H MATSUI」と刻まれた松井秀喜のバット。01年のシーズン中に、松井本人から渡された。遠山にとっては、戦いの証ともいえる“戦利品”だ。「裏でこっそり、のつもりだったけど、松井は試合前のシートノック中に、相手ベンチからわざわざ持ってきてくれた。野村監督に『何してるんや』と怒られたけど、お願いして良かった」99年の遠山と松井の勝負が、伝統の一戦を盛り上げた。松井は巨人7年目、このシーズン42本塁打。球界最高の打者として充実期にあった。4番封じのために、野村監督が起用したのが遠山だった。結果は13打数無安打。左腕の完勝だった。低迷するチームで、遠山が松井を封じるたびにファンは歓喜した。「ものすごいプレッシャーだった。5、6球の中での一発勝負。絶対打ち取れるという球はないし、130キロそこそこの投手。打たれたら何を言われるか分からない。これでメシを食っているんだ、という気持ちだけで投げていた」カーブ、カットボール、シュート、真っスラと、持ち球を駆使した。データは頭に入れてはいたが、対戦では直感を重視した。そして逃げなかった。ハイライトとなった対戦は99年6月13日の甲子園、7回2死三塁で登板し、代打・石井浩郎を敬遠して、松井勝負を選択。空振り三振に仕留めた。「顔も見たくない」と相手に言わしめた投球だった。「リードは矢野(燿大、現本紙評論家)に任せていた。とにかく初球の入り方をいろいろ工夫した。そこで相手の反応を見ながら、攻め方を考えた。高橋由伸なら同じ攻め方で抑えられたけど、松井は一打席一打席変えてくる。それでも相手に意識させた分、甘い球をミスショットしてくれたこともあった」松井キラーとしての活躍が評価され、この年のカムバック賞を受賞。戦力を最大限に活用することを狙った野村監督は「遠山―葛西―遠山」のスペシャルリレーを編み出した。「本当は1イニングをしっかり任される形が理想だった。でも、そんなこと言ってられない。強い巨人でも一人一人には必ず弱点がある。そこを、しっかり攻める。野村監督には弱いなら弱いなりの戦い方があると教えられた」85年、ドラフト1位で阪神に入団。高卒1年目で8勝をマークし、同期の桑田真澄の2勝に差をつけるデビューを飾ったが、左肩を痛めて低迷。90年オフに高橋慶彦とのトレードでロッテに移籍。野手転向を目指したが、97年に戦力外通告を受け、テストを経て投手として阪神に再入団。挫折を味わったからこそ、一発大逆転の勝負に集中できた。遠山は、今もグラウンドで野球と向き合っている。19年から5年間、浪速(大阪)の監督としてコロナ禍の難しい時期のチームを指導。25年からは京都広学館で特任投手コーチ兼チーム強化アドバイザーとして高校生を指導している。「阪神の2軍コーチ時代に岩田稔(現球団CA)を担当して、糖尿病の病気のこととか、コンディションとか、いろんな話をしながら組み立てた経験が生きていると思う。高校生も1日で良くも悪くも変わる。それが伸びしろだし、面白いですよ」と情熱を傾けていた。テレビなどで松井の姿を見ると、当時を思い出す。「元気でやっているんだな、と刺激を受ける。負けないように自分もできるだけ野球に貢献できればと思っている」。ライバルとの切磋琢磨(せっさたくま)はまだ続いている。 (鈴木 光)◇遠山 奬志(とおやま・しょうじ)1967年(昭42)7月21日生まれ、熊本県芦北町出身の58歳。八代第一(熊本)から85年ドラフトで、清原和博の外れ1位で阪神入団。高卒1年目から8勝。90年オフにロッテにトレードされ、戦力外通告を受けた97年にテストを受け阪神に復帰。99年にワンポイントリリーフで63試合に登板、10年ぶりの勝利投手となり、カムバック賞を受賞。プロ通算393試合16勝22敗5セーブ。浪速(大阪)監督を経て、25年から京都広学館特任投手コーチ。動画編はYouTube「スポニチチャンネル」にて公開。