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【鬼筆のトラ漫遊記】阪神・立石正広は掛布雅之になれるのか?力で三塁定着目指せ!
長い間、阪神の、甲子園の「三塁」に君臨した掛布雅之氏阪神D1位・立石正広内野手(22)=創価大=は〝ミスタータイガース〟掛布雅之さんのようになれますか。32勝23敗1分けで首位を走る藤川球児監督(45)が立石をスタメン三塁で起用し、佐藤輝明内野手(27)を右翼に回した5月24日の巨人戦(東京D)からチームは5勝6敗です。立石も15試合に出場し、打率・222。立石三塁を「適性です」と説明した指揮官ですが、チーム成績を見れば本当に適性なのか!? 立石は自分の力で「与えられた三塁」ではなく「奪い取った三塁」にしなければならないでしょう。三塁で起用される阪神・立石正広それは1ー0で連勝を飾った6日の楽天戦(甲子園)の試合前のことです。関係者用のエレベーターに乗ると、そこには掛布雅之さんが立っていました。次の瞬間、同乗していた球団関係者が掛布さんに話しかけたのですが、かけた言葉は「ミスター」でした。普通に「掛布さん」ではなく「ミスター」と敬意をこめて呼んだのです。なるほどなぁ…と思いました。プロ野球界での「ミスター」といえば昨年6月3日、89歳で亡くなった巨人の長嶋茂雄終身名誉監督です。現役時代は首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回、シーズンMVPを5回獲得。監督としてはリーグ優勝5回、日本一を2回。輝かしい実績だけではありません。1959年6月25日に後楽園で行われた天覧試合(阪神戦)では4ー4で迎えた九回、村山実からサヨナラ本塁打を放つなど、大一番に強く、スター性を兼ね備えていました。今日の日本プロ野球を築き上げた人。なので球界のみならず人々は長嶋茂雄さんのことを敬意をこめて「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」と呼んだのです。阪神の球団関係者もまた掛布さんのことを「ミスター」と呼び、そこに自然な会話が交わされていました。掛布さんは現役時代、本塁打王3回、打点王1回を獲得。三塁手としてダイヤモンドグラブ賞(当時)を6回獲得。1985年には4番として130試合に出場し、打率・300、40本塁打、108打点をマークし、21年ぶりのリーグ優勝に貢献。日本シリーズでも大活躍し、球団創設初の日本一にチームを導きました。1974年、千葉・習志野高からD6位入団ながら、2年目から三塁に定着。チームを牽引してきたからこそ、人々は掛布さんを「ミスタータイガース」と呼ぶようになったのです。そして、それは今でも続く…。数時間後、満員の甲子園のスタンドの大喝采を浴びて、お立ち台に立石が立っていました。0ー0で迎えた五回1死三塁のチャンスで早川の直球を三遊間に打ち返し、それが決勝のタイムリー。「立石正広です。早く(お立ち台に)立ちたかったので最高の気分です。なかなか思うようにいかない打席が多かったので、いい結果につながったよかったです」。立石は声を張り上げ、大観衆から万雷の拍手を浴びました。