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【燕番コラム】ヤクルト・山崎晃大朗コーチが涙ぐんだ塩見泰隆の1軍復帰 関係性が変わっても胸には「特別な感情」
ヤクルト・山崎晃大朗2軍外野守備走塁コーチ特別な存在を送り出す瞬間、感情がこみ上げてきた。5月29日。ヤクルト・塩見泰隆外野手(33)が2年ぶりに昇格した。同学年の山崎晃大朗2軍外野守備走塁コーチ(32)は、1軍復帰が決まった同28日のことを赤裸々に明かした。「他の人のことではあまり泣かないんですけど、マジで泣きそうになりました。『やっとだ。良かったな』と思って。2回目にけがしたときは、僕でさえも『大丈夫かな』と思うくらいで、お見舞いに行ったときもすごく暗い顔をしていたので。これで泣いたら何言われるかわからないですし、コーチミーティングがあったので『ここで泣いたらあかん、あかん』と思って止めたんですが、家に帰って『あいつ、ホンマに上がるんや』と思ったら、また泣きそうになりましたね」しのぎを削った現役時代。リハビリを近くで見守り、背中を押してきた指導者としての現在。関係は変わっても、特別な存在であることは変わりない。「一選手に対して、特別な感情を持っちゃいけないのは分かっているんですけど、やっぱり塩見に対して特別な感情がないわけないので。自分はコーチとして、もう一度1軍復帰を目指して踏ん張っている塩見をサポートしてあげることぐらいしかできなかった。足引きずってないかなとか、ちょっと体が重いのかなとか、そういう細かいところは見逃さないようにしていました」山崎コーチは2016年に日大からドラフト5位で入団。塩見は2年後の18年に、JX―ENEOS(現ENEOS)からドラフト4位で入団した。左打ちと右打ちで異なるが、ともに俊足が武器の外野手。〝ライバル〟の出現に心が奮い立ち、より一層頑張る原動力になった。ヤクルト・山崎晃大朗2軍外野守備走塁コーチ「1年目から打つ、走る、守る、投げる全てですごかった。青木さん、坂口さん、雄平さん、バレンティンがいた中でも、外野の一角を争う選手になるなと一目見てわかりました。同学年として、それを認めてしまって、一歩後退して、置いていかれたまんまでいいんかなと。何か自分の良さを見つけないといけないと思って、もう一回レギュラーを目指すために頑張らせてくれた存在でした。結局追い抜けなかったですけど、『塩見を越さないといけない』という思いが強かったです。塩見が試合に出始めて、僕も試合に出ることができるようになったと思っていますし、一緒に守れて本当によかった。塩見がいなかったら、僕は多分コーチの立場にもなれていないと思う」1軍昇格が決まり、本当は喜びを爆発させて祝ってあげたかった。全力で背中を押してあげたかった。それでも、伝えたのは「よかったね。ちょっと寂しくなるな」という言葉ぐらい。「ちょっと強がった感じで言いましたね」と思いを押し殺し、送り出した。背番号9が1軍で躍動すれば、チームにとっても大きい。ファンは歓喜する。そして、2軍で若手を指導する山崎コーチの表情にも笑みが生まれるはずだ。(赤尾裕希)