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ヤクルト・奥川がレギュラーシーズン初完封「凄い気持ち良かった」無四球9Kでソフトバンク交流戦V阻止 - スポニチ Sponichi Annex 野球
ヤクルトの奥川恭伸投手(25)が14日、ソフトバンク戦でプロ7年目での初完封を飾った。まだ20歳だった21年CSファイナルSの巨人戦で完封したが、レギュラーシーズンでは初めて9回零封し、111球で5安打9奪三振、無四死球で二塁を踏ませなかった。日本ハムが敗れ、相手は勝てば交流戦連覇が決まるところだったが、快投で阻止。リーグ首位の巨人と0・5ゲーム差に縮め、チームの交流戦全日程を終えた。
涙の「6・14」から2年。笑顔の記念日になった。奥川が7年目で初の完封勝利。3勝目に「凄い気持ち良かった。最後までマウンドにいるということがなかったので、うれしかった」。柳田の特大飛球が中堅・岩田のグラブに収まると、頭を抱えるようなしぐさで笑った。「6・14」をミスターこと長嶋茂雄さんは「球音を楽しむ日」と名付けた。00年同日の巨人戦を鳴り物応援なしで実施し、球場の「音」を楽しんでもらうイベントだった。満員の敵地で、この日響かせた音は、キャッチャーミットの捕球音と鈍い打球音ばかり。「後ろがいると思って振り絞って投げた」と9回1死でも栗原を152キロ直球で見逃し三振に斬るなど、最後まで球威で押し込み「快音」を響かせなかった。初めての取り組みがつながった。オフから球数を増やし一日最多で12月に70球、1月にも102球を投げた。春季キャンプでも精力的にブルペン入りし、2月3日には112球。キャンプでの100球超えは7年目で初だった。「今までは怖さもあった。でも何かを変えないと」という覚悟の表れ。「しっかりトレーニングできている。去年に比べたら強くなったかな」。登板翌日も遠投や強度の高い投球を行えることに成果を実感していた。強力打線相手に「迫力が凄かった」。だからこそ「かわすより、どれだけ自分の力が通用するのかなぐらいで開き直ってマウンドに立った」。初回先頭の正木を151キロ直球で見逃し三振に取るなど、エンジン全開。「長いイニング投げるという考えを捨て、とにかく一個一個」と27個のアウトを積み重ねた。24年6月14日のオリックス戦、980日ぶりの復活勝利に涙を流した。偶然にも同じ日付に初完封を刻み「知らなかった」と笑った。みんなが思い描く背番号18の姿に池山監督も「これを期待して待っていた」と脱帽した。「オフからやってきたことがしっかり出せた。こういう投球を続けていけたら」と奥川。エースへの歩みを加速させる「奥川記念日」にする。(小野寺 大)《交流戦完封球団6人目》奥川(ヤ)は21年CSファイナルSでの完封はあるものの、レギュラーシーズンでは初完封。ヤクルト投手の交流戦完封勝利は、24年6月2日楽天戦の石川(5回コールド)以来6人目で7度目。ソフトバンク戦では22年6月12日の高橋以来2人目だ。また、CS→レギュラーシーズンの順に初完封をマークしたのは菅野智之(巨=13年→15年)、美馬学(楽=13年→16年)に次ぎ3人目となった。▽球音を楽しむ日 00年6月14日の巨人―横浜(現DeNA)でトランペットや太鼓など鳴り物応援を禁止。長嶋監督が「東京ドームに響く大音量の応援から離れ、野球の原点である音に注目してほしい」という願いを込め、同企画とネーミングが決定した。大リーグのように「聴覚」でも楽しむ観戦スタイルを示し、西武は翌01年7月11日のオリックス戦で同企画を実施。また創設したばかりの楽天は05年、開場当初「ボールの音や歓声が主役のスタジアム」を目指して、本拠地での鳴り物応援を原則禁止したことがある。