スポニチ
【内田雅也の追球】月に祈る「希望の轍」 - スポニチ Sponichi Annex 野球
阪神・下村海翔には辛い夜となった。プロ2度目の登板は非運と痛恨の初黒星がついた。
1―0リードで勝利投手の権利がかかる5回表、先頭の三ゴロを佐藤輝明が一塁悪送球して無死二塁。熊谷敬宥の遊ゴロ失策もあって1死一、三塁から遊ゴロ本塁送球がリプレー検証でセーフに覆り(記録は野選)、同点となった。1軍初登板だった前回2日の中日戦(甲子園)も勝利投手の権利目前の5回表に同点を許していた。球場内OB室で一緒だった川藤幸三が「ま、プロはそんな簡単に勝てんぞ、と言うとるな」と言った。野球の神様の話だ。むろん、味方失策という不運があったが「それも含めて勝つということを教えているんや」。6回表は無死一塁を併殺で2死無走者となり、息をついた直後だった。赤羽由紘に高く浮いたカッター(スライダーか)を左翼席まで運ばれた。強い浜風が吹いていた。敗戦後、監督・藤川球児は「ダブルプレー取った後、もう一つね。勉強と言うか……」と話した。「ゲームを作ることと勝負というところでね」。6回2失点(自責1)なら先発投手として合格だが、決勝弾を浴びて、敗戦投手になった事実がある。勝負の世界に生きるプロの厳しさである。もちろん、守備のミスで若い下村を苦しめた佐藤輝も熊谷も責任を痛切に感じている。その後の打席では取り返そうと必死に努めた。佐藤輝は7回裏先頭で中前打で出塁し、熊谷は8回裏に左前打して二盗を決めた。それでも1点が遠かった。下村には試練であり、修行である。ドラフト1位でプロ入りした春、右肘トミー・ジョン手術を受けた。1軍デビューまで2年以上、長く辛いリハビリに耐えてきた。初勝利まで、もう少しの辛抱ではないか。本人が選んだ登場曲、サザンオールスターズの『希望の轍(わだち)』を思う。誰もが通る道なのだ。先人たちも同じ苦い経験をして轍を残してきたのだ。未明に東の空に上がった二十六夜の月。三日月に似た細い月が盃(さかずき)のようだ。伊集院静の直木賞受賞作のタイトル「受け月」である。願いごとをすれば、こぼれずにかなうという。小説では「祈ったりしては駄目だぞ。自分で乗り切ると性根をすえるんだ」と言っていた社会人野球の老監督が最後には受け月に手を合わせる。下村の幸運を願う夜である。 =敬称略=(編集委員)